2016年04月18日

小周天の考察(その9)高藤流仙道の小周天

さて、いよいよ、1980年代に仙道ブームを巻き起こした高藤聡一郎氏の小周天を考察する時が来た。

なぜ、高藤氏の仙道が大ブームを巻き起こしたのか。
それは、いままでの類書にはなかった、わかりやすさ、実践のしやすさにあったのだと思う。

今までの仙道書や気功書のように「気を回しましょう」と本に書かれていても、それっきりでおしまいならば、「気」ってなんじゃろか?というところで、多くはつまづいて先へ進めない。
そのうち興味を失っておしまいである。

人によっては、想像で「気だから気のせいでいいだろう」と勝手気ままに「気」だと思うモノを回し始める。
その結果は、、。
良くて、単なる自己暗示に毛が生えたレベルのイメージ法や瞑想法止まり、何の効果も無し。
悪いと、どんどんイメージだけが先走り、大学生が夏休みの一カ月程度やそこらの修行で「自分は仙道の全てをマスターして越えた」などと誇大妄想に取りつかれる。
最悪は、イメージだけの気が暴走し、精神病院行きである。

高藤氏の仙道書では、「気」とは何か、「気」の集め方と練り方、「気」を集めて練っていくメリットなどが実に要領よくまとめられ、実践方法が事細かに説明されていた。

まずは「陽気」という存在。
あたりまだが、一般的に言うところの、たんに「ウキウキする」という事とはわけが違う。
仙道の修行では「性エネルギーを熱として感じられるように感覚化したもの」ということになっている。
この「陽気」の作り方、集め方を、本人の実践経験をも元に、これでもかというほど教えてくれている。

類書では「丹田に意識を集めて深呼吸しつつ毎日瞑想していればそのうち熱が感じられる」レベルの一行程度の説明でおしまいである。
「熱が感じられる」と書いてあれば親切な方で、最初から気を集めることを要求する仙道書も多い。
これでは、熱が感じられて、気が集まるまでに寿命が来てしまうだろう。
そもそも、この程度のあっさり説明で小周天がやれるとは思えないから、この程度の仙道書を出す著者は、自分は仙道を実践していないか、あるいは実践していたとしてもその詳細を隠して書いていないかだ。

普通の人の場合、手のひらをこすって合わせていくと何やら感じるくらいは、大抵の人ができるが、手のひらに感じた「気」の感覚を動かして体に流していくなどという芸当はまずできない。

そこで、伝統仙道の場合、「もっとはっきり誰でも感じられるように気を集めて強化」してから、それを使って修行を行っていく。
それが熱い「陽気」である。
熱いという感覚は、誰にでもわかりやすく、その他の気感のような曖昧さもなく勘違いしようがないのだ。
さらに、中医学の理論を用いて、「陽気を発生させて強化」するのに有利な体の部位を選定した。
そのひとつが丹田だ。

ここは、精力から性エネルギーを取り出して集中させ熱を発生させるのに非常に都合のよい部位であり、強い熱(むろん体内がやけどするようなことは無いが)を発生させても体に悪影響がまず発生しない。
それどころか、熱が強くなればなるほど精力がますます高まり、体も丈夫になっていく。

というわけで、「陽気」の話題は次回に続く。
みなさんごきげんよう。

posted by ポンタ at 23:19 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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