2016年05月22日

仙道と超能力の関係

前回の記事の最後に触れた、仙道と超能力の関係について、自分勝手な説を唱えさせていただく。

いわゆる、巷で言われている、透視能力や、スプーン曲げなどの「超能力」は仙道をやったからといって、使えるようにはならない、苦笑。

そもそも、仙道の目的は「気を練って生命力を高めていくこと」だ。
その過程において数々の特異能力が発現することはあるが、特異能力の発現だけを目的としてしまうと、厄介なことになる。

何かの雑誌で読んだことがあるが、念動力で有名な女性が、念力でカエルの心臓を停止させる実験をしたところ、実験には成功したものの、体重が何キロも減少し、激しいストレス状態になってしまったという。

透視能力(霊視能力)を獲得しようと、閉じた瞼の裏をにらみつける訓練を行い、頭痛もちになってしまったり、ヘンなものが見えるようにはなったが、今度は四六時中見えだして精神がおかしくなってしまったりする。

どのみち、気(生命エネルギー)をいたずらに消耗させるばかりで、何も良いことは無い。
それどころか、こういうのは普通の運動や勉強などより消耗が激しい。
そもそも、普通の人がこのようなことをやれないのは、無意識が生命力を消耗させないために強力にガードしているためだとかんがえたらよい。
つまり、普通の人は自分の意識で自分の心臓や肺などの器官を止めて死ぬことができないのと同じことなのだ。

さて、陽気が頭頂まで上がり、温養を行い変質させていくと、陽気と気を両方コントロールできるようになってくる。
こうなってくると、熱感以外の気感を感知することができるようになってくる。
コンセントや磁石からでている気感も簡単にわかるようになる。
さらに、この感知能力を体全体で行えるようになると、、、。
他人の気感を感知できるようになる。

個人的な体験で恐縮だが、こんなことがあった。
もう何年も前の話だ。
ショッピングセンターの売り場で向こうからやってくる、モデルのような美人を見つけた。
こちらは(何せ普通の中年オヤジなもので)、「まるでモデルみたいなびじんやな〜」とチラチラ見ていたら、すれちがいざま、まるで鼻先にビンタを受けたような感覚が発生した。
もちろん痛くはないが、目の前が一瞬かすんだくらいだ。
相手との距離は1メートルは離れていただろう、、。
このような感覚は全く予期していなかったので、本当に面食らってしまったことを覚えている。

その時は、一体何なんだと思ったが、すぐに理解できた。
相手の「何よ、きもいオヤジね、こっち見ないでよ」という気が飛んできたのだ、、と。

世の中みんなが美男美女であるはずもない。
この能力が発現してからは、慣れるまではショックではあった。
つまり、相手が自分をどう思っているか、どう思われているかを現実に感じてしまうと。
自分が美男美女でない限りは、失望することの方が多いということですな、苦笑。

他人の気を感知する能力も働かせっぱなしでいる、とこちらまで相手の気に影響されて安定できない。
ということで、現在ははもっぱら閉じていることにしている。
逆にいえば、開閉のコントロールが行えないうちに通常とは違う能力が発現してしまうと、それに振り回わされ、気を消耗してしまい修行どころではなくなる。

気がある程度コントロールできるようになったのち、両手に気を集めていくと、最初は熱感しか感じなかったモノがやがて磁力や静電気のような感覚になり、さらに強めていくと風船をはさんでいるような圧力を感じるようになる。

この圧力感をもっぱら高めていくと、硬気功や、中国内家拳法で言うところの「剄力」ということになるのだろうが、個人的には硬気功も中国拳法もやるつもりもない。
両手だけの圧力だけでは戦えるはずもなく、この圧力を全身に広げるための「馬歩」とよばれる姿勢での徹底的な下半身トレーニングが必要になるからだ。
だいたい、せっかく高めた生命エネルギーを消耗しつつ戦うから、中国拳法家に短命が多いのではないか。

瞑想中に閉じた瞼の裏に明るい光点を見ることもあるし、ヘリが生き物のように動く紫色に光る花弁のような物を見ることもある。
これらも、もっともっと意識をかけて強めていけば、もっとよく見えるようになるのかもしれない。
しかし、それも目指さない。

自分の目的は前に書いたとおり、気を練って生命力を高めることだからだ。

というわけで、次回からは、高藤流仙道の進化した小周天を考察していく。
posted by ポンタ at 12:33 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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