2016年10月10日

瞑想と快感の関係その1

前回まで、仙道の修行を行っていて、ある程度の段階になると「快感が発生する」というシリーズの記事を書いた。
今回は、仙道以外の瞑想修行ではどうなのか?という点で記事を書いてみた。

まず、頭に浮かぶのは、「チベット密教」だ。
良く知られている、チベット密教の観想(イメージ)法は、まさにズバリそのもの、男女が行っている行為そのものを使う。(無論、自分ではなく、チベット密教の高位のラマが行為を行っていると観想するのだが)

あろうことか、頭頂に浮かんでいるラマの行為によって発生した体(愛液)が自分の頭に流れ落ちて来て、自分の身体が浄化されるという内容で観想を行う。
無論、巷にあるチベット密教の観想法を書いた本には、直接「快感が発生する」とか「気持ちよくなる」とは書かれていない。
密教だけあって、わかりにくく隠語的に書かれているのだ。
たとえば「歓喜」とか、「大楽」とか。
なにせ、チベット密教の観想法の教本では、精液さえ、「菩提心」などという隠語で書かれているのだから。
男性性器は「金剛宝」、生命エネルギーは「ルン(風)」と呼ぶ。
この「ルン(風)」は、まさに仙道でいうところの「気」にあたる。

ある本では「四歓喜」という四つの歓喜があるという。
すなわち、「歓喜」、「最勝歓喜」、「離喜歓喜」、「倶生歓喜」という。

これらの隠語を念頭において、チベット密教の観想の内容を見て行くと、高藤氏が「仙人瞑想法」において、さらりとしか書いていない、全身周天の中で快感を発生する方法がより具体的になってくる。

というわけで、今回はここまで。

posted by ポンタ at 21:20 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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