2016年10月11日

瞑想と快感の関係その2

前回は、チベット密教の観相法が、ズバリ快感を発生させ、コントロールしていく行法なのだというような内容を書いた。
しかし、自分で読み返してもわかりにくく、さっぱり意味がわからない。
文章を書く能力も、行法の程度もたいしたものではない、自分の浅学非才ゆえだ。
申し訳ない。

チベット密教の瞑想法を解説した本の中にも、「性的な快感を利用した瞑想法もあります」と明記してある本もある。
具体的なやり方は書かれていないが、笑。

さて、チベット密教の快感発生法(笑)は、もっぱら自分の生命エネルギーを使う。
生命エネルギーすなわち、精力といっていい。
つまり、精力が枯渇している老人や、身体が弱くて精力が消耗している人は、あまり効果は無いと言える。
この点においては、地丹法(食養法、漢方療法、強精法)を修行体系に含む仙道の方がとっつきやすいと言える。
ただし、仙道でいうところの動功法に相当する行法は、チベット密教にも「トンラ」という名称で存在する。

仙道における、動功法は一般的な「気功」として、巷にあふれているし(いわゆる気功体操)、静功法(小周天)は気功法の本の最後にもったいぶって書かれている。
地丹法はというと、これは多くの場合秘伝だ。

対して、チベット密教では、トンラも観相行も秘伝だ。
そもそも、性エネルギーをコントロールするような奥深い観相法は、滅多なことでは伝授されないとある。
本で公開されてあったとしても、師伝でなければ効果は無いとある。
また、お目当ての快感瞑想(笑)を行う前に、前行と称する煩雑な行法をえんえんと何万回も行わなければならないともある。

これはある意味、チベット密教のラマの権威維持のために、上の段階の行法を教えないという言い訳にも聞こえてしまう。
そういった風潮は、チベットと日本くらいで、他の国(中国や、アメリカ)では、かなりルールもゆるんでいるらしい。

今日も取りとめのない駄文になってしまった。
また次回。
posted by ポンタ at 23:23 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2016年10月10日

瞑想と快感の関係その1

前回まで、仙道の修行を行っていて、ある程度の段階になると「快感が発生する」というシリーズの記事を書いた。
今回は、仙道以外の瞑想修行ではどうなのか?という点で記事を書いてみた。

まず、頭に浮かぶのは、「チベット密教」だ。
良く知られている、チベット密教の観想(イメージ)法は、まさにズバリそのもの、男女が行っている行為そのものを使う。(無論、自分ではなく、チベット密教の高位のラマが行為を行っていると観想するのだが)

あろうことか、頭頂に浮かんでいるラマの行為によって発生した体(愛液)が自分の頭に流れ落ちて来て、自分の身体が浄化されるという内容で観想を行う。
無論、巷にあるチベット密教の観想法を書いた本には、直接「快感が発生する」とか「気持ちよくなる」とは書かれていない。
密教だけあって、わかりにくく隠語的に書かれているのだ。
たとえば「歓喜」とか、「大楽」とか。
なにせ、チベット密教の観想法の教本では、精液さえ、「菩提心」などという隠語で書かれているのだから。
男性性器は「金剛宝」、生命エネルギーは「ルン(風)」と呼ぶ。
この「ルン(風)」は、まさに仙道でいうところの「気」にあたる。

ある本では「四歓喜」という四つの歓喜があるという。
すなわち、「歓喜」、「最勝歓喜」、「離喜歓喜」、「倶生歓喜」という。

これらの隠語を念頭において、チベット密教の観想の内容を見て行くと、高藤氏が「仙人瞑想法」において、さらりとしか書いていない、全身周天の中で快感を発生する方法がより具体的になってくる。

というわけで、今回はここまで。

posted by ポンタ at 21:20 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2016年10月09日

仙道と快感の関係(その8)個人的な体験談4

長年のブランクを経て、ある事件をきっかけとして仙道修行を再開した。

もうすっかり、陽気の感覚も忘れ、小周天ルートも詰まってしまったかと思いきや、そんなことはなかた。
なぜかはわからないが、以前より陽気の熱感がいきなり強い。
いきなり陽気を一周回せてしまった。

たしかに、一度陽気の感覚を体得すれば、静坐をしていないときにも、日常の何気ない動作中に身体のあちこちで気感を得ることはあった。
そういった感覚はすなはち、無意識のうちに気を練っていたということなのかもしれない。

そんなこんなで、毎日帰宅しては気を回していた。
すると、小周天ができなくなった。
どういうことかというと、陽気を発生させるとほぼ同時に頭頂にも気を感じ、小周天のルートではなく身体全体が一本の気のルート?になってしまった。
しかし、高藤本やその他HPなどの体験談にあるような、華々しい(笑)、あるいは派手な気の上昇や爆発があったわけでもなんでもない。
あるとき自然にそうなったのだ。

以後は、小周天をやろうとすると、わざわざ気を細く縮小させて部分的にだけ感覚を使って行わねばならなず、めんどいので、もっぱら太い気を身体全体にいきわたらせるだけの行に切り替えた。
(体調が悪い時や、精を漏らしてしまった翌日は、昔のような細い気の流れになってしまい、いつもの小周天が行えることにも気付いた、苦笑)

このやり方をやって1〜2カ月くらいたった頃、頭頂の気がムズムズモゾモゾする感覚から、ビリビリと静電気に感電するような感覚になった。
今度は、その電気?のようなものを身体の前面から丹田に下ろして集め、温養するということをずっとやっていた。
やがて、身体全体は内部は磁力がかかったように中心に向かって引き込まれるように感じ、身体の周りは静電気で包まれているように感じ、うっとりしてきた。
いやなことは、何一つ浮かんでこないし、息を止めても苦しくならない。
(息を止めているのは、怖くなったのでしばらくしてやめた)

この感覚は眼を開けても消えなかった。
やがて困ったことが発生した。
イチモツの先端が電気で痺れたようになり、ピクピクと収縮を繰り返すのだ。
やがって勝手に起立しだした。
「これでは集中できないじゃないか。どうなっているんだ?何かおかしくなったのか」
と、当初は心配してしまった、苦笑。
こんなヘンテコリンな感覚が身体に発生してしまうと、やっぱり、心配になってしまう。

この時点で、いろんな仙道書を引っ張り出して読み返していくうちに、「なるほど、これは、気感がここまで強くなったのだ」と、やっと納得した。
読んでいくだけの時は、見逃していたり見落としている内容が沢山あり、体験して体得する内容は、その都度原点に立ち返ることが必要なのだと知った。

ここから、行の最中はイチモツの収縮と起立に悩まされることになる(笑)
が、それも一週間くらいのことで、やがてイチモツは起立しなくなった。
起立はしないが、なにやら先端からむずがゆい。
(変な病気か?とも思ったが、身に覚えは全くない)
やがてそのむずがゆさは、「ああ、これは快感が発生するときの前兆なのだ」と理解できた。
思った通り、イチモツの先端から発生したむずがゆさは快感となり、やがて身体全体に広がった。

この状態で発生する快感は、ネットでよく見かける「エナジーオーガズム」とはことなり、PC筋の収縮は必要ないし、深呼吸も必要ない。
必要なのは、陽気を強化し練ることと意識の集中だ。
そして、この快感は通常のものとは異なり、途切れることなくつながっている。
まるで、うねるように強い快感と弱い快感が交互に継続していく。
体調の悪い時はうまくできない。
(生体エネルギーを使っているのだから、これが当然で。いつでもどこでもできるとしたら病気だ、笑)


さあ、拙いヘボ仙道の体験談はこれで終わりにしよう。
次からは、仙道以外で、瞑想オーガズムの話題を取り扱う。
posted by ポンタ at 10:22 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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