2016年10月08日

仙道と快感の関係(その7)個人的な体験談3

前回の記事は、やっとこさっとこ小周天がつながった話題であった。
今回はその続きとなる。
とはいえ、今回の記事では、修行の内容は直接出てこない。

小周天が一応回ってから、職場の関係で行の時間が取れなくなり、数年間のブランクとなる。
その間は、仙道を忘れていた。
あまりに、仕事でいっぱいいっぱいで、そのまま人生は進み続けてしまうのだろうと思っていた。

ところが、9年くらいもの長いブランクを経て、ふとしたきっかけで行を再開した。
そのきっかけとは、自動車とニアミスした事件だった。

夕方、近所のスーパーに買い物に出かけた時の事だ。
四つ角の交差点(信号無し)で、自分に向かってきた対向車が突然、ウインカーを出さずに自分の方に曲がってきたのだ。
相手にしてみれば、いつもの道で面倒くさいからウインカーなんて出さずに右折したのだろう。
車が自分の身体ギリギリにまで来たとき、とっさに身体を思い切り前に投げ出し両手をついてから、身体を丸めて回転していた。
何事もなく立ちあがった自分を見て、車の運転手が慌てて降りてきて、「大丈夫ですか!」と聞いてきた。
自分は、「はい、なんともないですよ」と言い、そのまま立ち去った。

後から思い出していた。「これは、中学生のころ部活で柔道部にいた時に練習した。回転受け身じゃないか」
子どもの頃(学生のころ)一所懸命やって身体で覚えたことは、忘れないものなのだと思い、なぜか涙が出てきた。

一生懸命覚えたことは、無駄にはならない。
柔道がそうだったように、仙道もしかり。
「また、やってみよう。仙道を」

自分にとって、仙道は(仙人を目指す事は)まだ、生活にも人生にも余裕があった頃の、楽しくわすれがたい宝物なのだから。

そうしてまた、忙しすぎる仕事の合間をぬって、修行を再開することになる。

今回こそ、つまらない記事で申し訳ないです。

posted by ポンタ at 21:29 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2016年10月03日

仙道と快感の関係(その6)個人的な体験談2

ヘボな体験談の続き。

通常のやり方とは間逆の、リラックス(ぐうたら)修行で小周天の後半のルートから気が回り始めたのが、前回のお話。

さて、今回は、残り半分のルートを回す話題。

回したモノが単なる錯覚ではない、本物の気であるかどうかは、その感覚が丹田に戻ったとき、熱感を感じるかどうかだ。
果たして、その静電気のような感覚は、印堂から下がった感覚は丹田に戻ると熱感になった。
というわけで、仙道修行の初歩の半分ができただけで有頂天。

ここまで来ると、なんとしてでも残り半分を回してやるぞと、多分、人生で一番修行いそしんだ、、、爆笑。

コウモンの収縮を繰り返して熱感を尾てい骨に導き、強く意識をかけて背中にそって上げていった。
後頭部の熱感は微かだったが、そのすぐ後に、頭頂にアリかクモが這っているような感覚が発生し、何度か手で払ったりした。
気の感覚とは、脳に近い部分ではこのように感じるものだと初めて理解した。
泥丸に気を集めて意識をゆるく集中していくと、頭の中が微かだけどもハッカ(ミント)の葉が入っているかのようにスカスカする感覚が発生した。

そしてまた、印堂(ミケン)を通して気を下ろしていくときには、印堂から鼻にかけてくすぐったくてたまらなく感じ、さらに下がると舌が乾電池をなめた時(爆笑)のようにピリピリと感電した。
舌から下に動くときには、微かな圧力感のみになり、丹田に戻ると再び熱感となった。
これにより、小周天が一周つながったのだ。

もっとも、こんなのは仙道修行の出発点にしかすぎなかったのだが、その時はまだ何もわからず、ただ嬉しかった。

続きはまた次回に。
posted by ポンタ at 22:04 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2016年09月28日

仙道と快感の関係(その5)個人的な体験談

さて、このシリーズ中、一番面白くない(笑)記事になるだろうが、今回は個人的な体験談を書いてみたい。

私が中国仙道の実践を開始したのは、以前にも書いたとおり、高校生2年の頃であった。
だから、性欲満々だったし、精力もそれなり?にあったし、学生と言う時間的にも恵まれた環境だった。
にもかかわらず、修行はちっとも進歩しなかった。

基本の呼吸法である武息を行っても腹のあたりが痛くなるばかりで、一向に熱が発生しなかった。
熱が発生しないから、なおさらめいいっぱい力を込めて武息を行う→さらに腹が痛くなるの悪循環をくりかえしていた。
結局、高校生のうちは、陽気発生まで行けずじまいだった。
(後でわかったことだが、修行のやり方に重大な見落としがあったのだ)
高校を出てから、生活環境が激変し、優雅なプライベート空間で一人で静坐を行うことができなくなり、修行の空白時間が空く。

ある時、ふと、高藤氏の著作にあった言葉「腹も裂けよとばかりに力を入れても陽気が発生しない場合は、むしろ力を抜いて、軽い気持ちで仙道修行を行うとよい」という文章をみつけ、その通りやってみた。
すると、いきなりミケン(印堂という場所)のあたりに静電気のようなものが発生し、意識をゆるくかけるとそれはゆっくり身体の前面を降りてきて丹田に入った。

「はて、これはいったい何?」と思ったが、その静電気のようなものは丹田に入ると熱感になった。
ということは、「これは、陽気だったのか。これが気なのか」
これにより、いきなり?小周天の半分ができたことを理解した。
へんちくりんな始まりであった。

続きは次回。


posted by ポンタ at 19:11 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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