2017年06月11日

夢見の行を実践するその3

夢の中で目覚めて意識を取り戻す(あるいは意識を保ったまま夢の世界に入る)

今回の記事の最初に、重要なことを一つ。
過去記事でも書いているが。
夢の中で目覚めたり、意識を保ったまま夢中に入ることは、精神と肉体が健康な人の場合、「身体が疲労している状態ではできない」。
よって、例えば仕事が肉体労働などの場合、夢見行そのものは行えるが、意識を保つことはほぼ無理。
当たり前の事だが、健常な人間の場合、リラックスした状態では肉体の疲労回復が最優先される。
よって、気功やリラックスに励んでも、よりぐっすりと気持ちよく眠れるようになるだけだ。

ただし、気が強化されると夢の感覚がリアルになっていくというのは自然にそうなっていく。
跳んだり跳ねたり、誰かと会ったり話をしたりという内容は、目覚めた後もありありと残るようになる。


では、本題に入っていこう。
前回記事の、肉体と意識を切り離していく訓練を積んでいくだけで、意識を保って夢の世界に入れるようになる人もいる。

しかし、大抵の人の場合、意識して夢をコントロールしようとした方が成功率は高くなる。

夢の中で左手を見ろという、カルロスカスタネダという人の著作にある夢見法は、「夢の中で意識を取り戻す」やり方。
意識を小さくして特定の場所に移動させる、高藤式やチベット密教式は、意識を保ったまま夢の世界に入るやり方と言える。

私の場合は、高藤式のやり方に近い。
仰向けの姿勢でリラックスし、意識を小さくして、身体の胸辺りに集中させて移動させた状態で身体だけ沈んでいくようにイメージしていく。
上手くいくと、意識だけが軽くなったようになり、浮いて行くような感覚になる。

大抵の場合、こうなるとあまりの嬉しさに我を忘れてしまい、ただひたすら上に向かって上昇してしまう。
部屋の天井と屋根を通り抜ける瞬間、すこし身体を緊張させてしまうが、一瞬周りが真っ暗になるだけだ。
屋根を抜けると、そのあたりの高さでは、電線がそこらじゅうに張り巡らされて邪魔だということに初めて気づく。

あるとき、この肉体のまま車に当たったらどうなるのだろうと、試したことがある。
車の運転手は、私に気づきもしないで、車ごと私の体を通り抜けていった。
一瞬、「衝撃があるのかな」と身体を緊張させたが、何も感じなかった。

この世界で異性と会いたいと思ったら、異性を想像するだけでいい。
その場に突然現れるようにイメージしてもいいし、ドアをイメージして、ドアを開けて入ってくるようにしてもいい。
あとは、まあ、、、。
しかし、私の場合、この辺で興奮しすぎて目が覚めてしまうことが多く、コトの成功率はかなり低い。


拙い経験談を書いてきたが。
「これは幽体離脱」ではないかと、思われた人がほとんどだろう。
たしかに、そうかもしれない。
しかし、私の場合、幽体離脱?で訪れる世界と、夢で訪れる世界はほぼ同じようなもので、つながっていると思われる。
どちらも異次元世界であることに変わりは無い。

というわけで、今回はここまで。
次回は、とある本に書いてあった、夢の中で仙人と会う話の予定。

posted by ポンタ at 21:45 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

2017年06月03日

夢見の行を実践するその2

少々、間が空いてしまったが、夢見実践法の2回目の記事である。

第一段階
*身体を意識的にリラックスできるようにする訓練
自律訓練法や、ヨガのリラックス法など、使いやすいものを行い、あお向けになったままのリラックスが完全に行えるように練習する。

*眠りと覚醒をコントロールする
リラックスができるようになった後、肉体と意識を切り離す練習を行う。
これにより「肉体は睡眠状態のまま、意識は目覚めている」という状態に移行できるようになる。

コツは、意識を小さくして、身体の一部分に移動させるか、体外に移すことだ。
通常、我々の意識は肉体と同じような大きさになったまま、なんとなく肉体と重なっている。
このままでは、肉体が眠ると意識も連動して眠ってしまうのだが、意識だけを小さく集中させ、身体と分離させる訓練を行うと、あら不思議な体験をするようになる。

高藤氏は、「あお向けの姿勢の場合、頭あるいは足から1メートルくらい離した上方に意識を置くのが良い」と言い、チベット密教の夢見法ではノドに意識を集中させろという。

具体的な書名は忘れたが、蹟見 冠という著者の本に、透視能力の訓練中に地鳴りのような音が聞こえたと思ったら、自分のいびきの音だったという体験談がある。

この著者の訓練法は仰向けになったまま、暗示テープを聞きながら深い瞑想に入っていくというものなので、まさに、肉体は睡眠状態になったまま、テープの音に集中していた意識のみが覚醒していたのだと推測できる。
(ちなみに、蹟見 冠氏の著作はアマゾンでは結構なプレミア価格となっている、苦笑)

私の場合も同様で、夢見の修行中に「ゴー」という地鳴りのような音が耳元で聞こえて、「うるさいな集中できないじゃないか」と思っていたら、それが自分のいびきの音だったという体験がある。

次の第二段階は夢の中に意識を持ち込む、あるいは夢の中で意識を取り戻す方法となる。
今回はここまでとする。

posted by ポンタ at 19:39 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村