2017年06月20日

夢で仙人と会う話

夢を神秘行に利用する試みは、体系的という点ではチベット密教がもっとも整理されていると思える。

夢を活用して超感覚的な成果を得ようという試みは、他に、セノイ族と呼ばれる人たち、あるいはカルロスカスタネダで有名になったヤキインディアンの人たちの間で行われている。

セノイ族やヤキインディアンの夢見法は、チベット密教のそれと比ると体系的とは言い難く、個人のカンや運によるところが大きく、やはりとっつきにくさを感じてしまう。

そして、仙道において、夢見は体系的な修行法としては、自分の知る限りは存在していない。
仙道における夢見術の行法は、高藤氏が自著で提唱し始めたものだと言える。

高藤氏が自著でチラホラ触れているように、体系的な行法は確立されていないものの、仙道の修行においても、夢は何かしら重要なものであったようだ。

前置きが長くなった。

とある本を読んでいて、「これは仙道修行における、夢見術に含まれるんじゃないだろうか」という内容を見つけたので紹介したい。
残念ながら、内容が長いので2回シリーズにさせていただいた。


ここから紹介内容
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ともあれ、彼は話を続けた。

「ここの住職である縞色玉仙人やほとんどの道士たちは、精神的な不老不死を追求しています。こういう人たちは、自分が死ぬ前に霊体を作り上げるため、内丹の修行をしています。
それにひきかえ、わが敬愛する師、曙雲仙人は私たち二、三人だけに極秘中の極秘を教えてくれています。」

目を輝かせ、声を畏敬に震わせ、身を乗り出すようにして、彼はささやいた。

「あと三年かそこらで、私の肉体の転換が完成するでしょう。」

私はあわてて目を伏せた。彼は私のあざけり気持ちを察しながらも、これにこたえるに、怒りではなく、憐みをもってした。

「ああ、なぜあなたはそれを信じることができないのですか。あなただけでなく、ほかの者も。
なぜですか、なぜ。いったいどんな根拠で。
我々には、肉体転換のための練丹術を明確に説き示した神聖な経典があります。
当道観の守護神、呂洞賓がその偉業を成し遂げたことは、誰でも知っています。
では、どうして私にできないのでしょうか。あるいは、あなたにだって。」

幸い、下道士は、ほかの神聖な道士と同様、決して腹を立てたりしない人物だった。やさしげに私を見つめながら、彼は急いで言った。

中略

「ここにとどまりなさい。そして、あなたの観念から、学校や都市で教え込まれた、醜くて無意味な教えを取り除きなさい。物事を正しく見ることを学びなさい。
手のひらに握るとほとんど見えないような小さな種子も、大木に生長する可能性を秘めていることは、あなたもお認めになるでしょう。
肉体の転換はいったいそれより大きな不思議なのでしょうか。
あなたの心から無用の打算的観念を取り除きなさい。そうすれは、わが守護神、仙人呂洞賓に対して、夢の中であなたに教えを与えるよう祈願して差し上げましょう。」

「下道士」と私は重々しく答えた。
「仙人が西洋から来た異端者に気づかいをしてくれるかどうか疑問ですが、もし夢の中で私を訪れていただけるなら、もちろん、まことに光栄の至りです。」

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今回はここまで。




posted by ポンタ at 23:01 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2017年06月11日

夢見の行を実践するその3

夢の中で目覚めて意識を取り戻す(あるいは意識を保ったまま夢の世界に入る)

今回の記事の最初に、重要なことを一つ。
過去記事でも書いているが。
夢の中で目覚めたり、意識を保ったまま夢中に入ることは、精神と肉体が健康な人の場合、「身体が疲労している状態ではできない」。
よって、例えば仕事が肉体労働などの場合、夢見行そのものは行えるが、意識を保つことはほぼ無理。
当たり前の事だが、健常な人間の場合、リラックスした状態では肉体の疲労回復が最優先される。
よって、気功やリラックスに励んでも、よりぐっすりと気持ちよく眠れるようになるだけだ。

ただし、気が強化されると夢の感覚がリアルになっていくというのは自然にそうなっていく。
跳んだり跳ねたり、誰かと会ったり話をしたりという内容は、目覚めた後もありありと残るようになる。


では、本題に入っていこう。
前回記事の、肉体と意識を切り離していく訓練を積んでいくだけで、意識を保って夢の世界に入れるようになる人もいる。

しかし、大抵の人の場合、意識して夢をコントロールしようとした方が成功率は高くなる。

夢の中で左手を見ろという、カルロスカスタネダという人の著作にある夢見法は、「夢の中で意識を取り戻す」やり方。
意識を小さくして特定の場所に移動させる、高藤式やチベット密教式は、意識を保ったまま夢の世界に入るやり方と言える。

私の場合は、高藤式のやり方に近い。
仰向けの姿勢でリラックスし、意識を小さくして、身体の胸辺りに集中させて移動させた状態で身体だけ沈んでいくようにイメージしていく。
上手くいくと、意識だけが軽くなったようになり、浮いて行くような感覚になる。

大抵の場合、こうなるとあまりの嬉しさに我を忘れてしまい、ただひたすら上に向かって上昇してしまう。
部屋の天井と屋根を通り抜ける瞬間、すこし身体を緊張させてしまうが、一瞬周りが真っ暗になるだけだ。
屋根を抜けると、そのあたりの高さでは、電線がそこらじゅうに張り巡らされて邪魔だということに初めて気づく。

あるとき、この肉体のまま車に当たったらどうなるのだろうと、試したことがある。
車の運転手は、私に気づきもしないで、車ごと私の体を通り抜けていった。
一瞬、「衝撃があるのかな」と身体を緊張させたが、何も感じなかった。

この世界で異性と会いたいと思ったら、異性を想像するだけでいい。
その場に突然現れるようにイメージしてもいいし、ドアをイメージして、ドアを開けて入ってくるようにしてもいい。
あとは、まあ、、、。
しかし、私の場合、この辺で興奮しすぎて目が覚めてしまうことが多く、コトの成功率はかなり低い。


拙い経験談を書いてきたが。
「これは幽体離脱」ではないかと、思われた人がほとんどだろう。
たしかに、そうかもしれない。
しかし、私の場合、幽体離脱?で訪れる世界と、夢で訪れる世界はほぼ同じようなもので、つながっていると思われる。
どちらも異次元世界であることに変わりは無い。

というわけで、今回はここまで。
次回は、とある本に書いてあった、夢の中で仙人と会う話の予定。

posted by ポンタ at 21:45 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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