2016年09月18日

仙道と快感の関係(その3)「仙人になる法」に載っていた体験談の続き

ずいぶんと間が空いてしまったが、前回の続きである。

「仙人になる法」に載っていた体験談の続き(2回目)。
ーーーーーーー引用ここからーーーーーーーー
3月17日
朝早く静坐をしていると、顔面がとても熱く感じられた。
腿の上がぺこぺこ跳び上がっている。
任脈のところがわずかに振動している。もう温養ができたのだ。
呼吸は、とてもかすかだ。
僕は、興味半分に、息をしばらく止めてみた。でも、何も苦しいことはなかった。
心がぽかぽかする。鼻、腹の中、後頭部に何かが、這いまわっているようだ。

3月20日
18日の夜は漏れてしまった。
今日は、手の指先に何度か振動があっただけでなく、顔面や鼻の中にも振動があった。
ただ、残念なことに、前と同じようにイチモツの所が、気持ちの良い痺れを感じたら、外へ飛び出してしまった。

3月22日
昨日は、採微陽法もやったし、温養にも励んだ。しかし、夜にまた漏れてしまった。
今日も手の指先に振動を感じる。昼ごろには、気は督脈、任脈、それに鼻の中へ入った。
夕飯のあと、一人で静坐していると、湧泉が振動しているのを感じた。
静坐をしているときは、唾液の分泌が、とくに多いようだ。時々、両方の耳たぶのところを何かが走り回っていて、そのムズムズしたものが、真っすぐ、玉沈に向かって這って行くのを感じる。
初め、ハエかクモかと思い、2度ばかり手で払ったりした。

3月23日
今日は、早朝、昼、午後と連続して手の指先に、何かが飛び跳ねるのを感じた。
その飛び跳ねる感じは、長いこと止まなかった。
夜、僕が寝ようとしたら、、湧泉にも振動を感じた。まるで行ったり来たりしているようで、もう少しで足の指先に達しそうだった。足の裏が、モゾモゾした。
静坐中は、まるで星のように、鮮やかな光が、眼の前に閃いた。
朝、眼を閉じる度に、黄色い光圏が、眼の前に見えた。
眼をゴシゴシこすって、また見てもやはり同じだった。
初め、眼の錯覚かなと思ったが、ずっと同じ状態が続いた。
僕は、うれしくなったので、忘れずにしておいて、これからどうなるか観察することにする。

ーーーー引用ここまでーーーーーーーー

引用した文中に、「漏れてしまった」というところがある。
これは、「精液が漏れてしまった」ということだ。
体験談の投稿者は、人生の中でもっとも精力、体力に満ちた年代なので、仙道修行の開始にはうってつけの年代である。

このような環境なので、精液を陽気に転換する能力がとても旺盛で、陽気を回すのに成功する前に、あふれてしまったのだ。
(かくいう私も、仙道修行の開始は高校生の頃であった)

さて、体験談の続きは次回の記事でラストとなる。

posted by ポンタ at 19:06 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2016年08月03日

仙道と快感の関係(その2)「仙人になる法」に載っていた体験談

前回の記事では、「あるレベルにまで陽気が練成されコントロールできるようになると、快感を発生させることができるようになる」みたいな事を書いた。

今回は、高藤氏の大陸書房時代の著作に書かれていた、仙道の本場である台湾の人の体験談を紹介したい。
該当著作を所有している人にとっては、「ああ、あれね」というものだろうが、おそらくはネットでは見当たらないものでもあるし、なにより面白いのだ。

この道の専門家ぶった連中ではなく、初心者の修行開始日記なので、誇張表現や嘘が無いのがとても参考になる。
些細な体験まで書かれているので、自分の体験と比較してうなずいたり笑ったりもできる。

個人的には、「くしゃみ」のくだりで大笑いした。
自分も、感覚の変わった陽気が身体の前面を降りた時、鼻がむずむずしてくしゃみをしたことがあったからだ。
また、それら体験が、「単なる自己暗示」以上のものであることもうかがえる。
今回の引用分の後半から、いよいよ面白くなっていく。

他人の体験談を読むことにより、自分の体験が変なものか、間違っているものか正しいものかを区別することができる。

いうまでもないが、単なる「武息をやりました」とか、「静坐をやりました」などというありきたりのものではなく、今シリーズの内容に即した(楽しい)体験談を選んだつもりだ。

この体験談の報告当時はまだ10代の学生であった人の体験談である。
(現在は、、、60歳くらいか?)

尚、不適切と思われる語句と、文体を多少変更したことをお断りしておく。
長くなるので、今回と次回の二回にわけて引用紹介していく。
ーーーーーーーーー引用ここからーーーーーーーーー
1月5日
今日から静坐を始める。今までやったことがないせいか、ちょっと緊張気味だ。
容易なことで脚が組めない。それどころか組むのに10分もかかり、顔中汗だらけだ。
丹田に意識を集中しようと思うのだが、上手くいかなくて、絶えず手でなでまわした。

1月16日
ここ数日は、わりといい調子だ。ただし、7日の午後は、パンを食べてすぐ静坐をしたので腹が痛んでまいった。二度とするもんじゃない。
以後、物を食べてすぐ後は、絶対静坐をしないことにした。
だんだん、静坐をしていても、さほど汗をかかなくなった。時々、腹の中に熱の塊が発生して、まるであっちこっち動き回っているようだ。
熱気が当たった場所は特に気持ちよく感じられる。

1月24日
この頃、静坐をしていると、熱気のようなものがヘソの下で動いているのを感じる。
今日は、さらに腹の中で、細胞が踊りだし、ピョンピョン跳ねているような感じもしだした。
まるで、物理実験に使う音叉の振動のようだ。

1月25日
今日は、昨日と同じように、腹の中で何かが飛び跳ねているようだ。
実に妙な感覚だ。

1月30日
24日と25日は、何かが腹の中で振動しているようだったが、この何日かはなかった。
それが今日になってまた出てきた。大腿の皮膚のところが、何やらピクピク波を打っている。
ちょうど皮膚注射をしたとき、肉が盛り上がる時の状態に似ている。
もっとも、すぐ消えてしまうので、ずっと盛り上がったままではない。

1月31日
今日は、とくに妙な感覚だ。
大腿のところを電送写真(ファックスのことらしい)のように、何かがスースー伝わっていく。
督脈、任脈も、快速針(針治療の技法のこと)を打っているようだ。
とはいっても、普通の針を打って手の上に痛みを感じるみたいではない。
痛くはなく、一種の振動なのだ。

2月2日
いつものように行に励んでいたら、同じようなかすかな振動があった。
意識を集中していたら、おしいことにとても騒々しいい音にさえぎられた。
気が散らされたあとは、もう感じられなくなってしまった。

2月3日
今日はどうしたわけか、静坐中にくしゃみが出た。
静坐中は窓もドアも閉め、脚にも毛布をかけたし、身体にもオーバーをかけたのだから、寒さなどは感じるわけがない。それなのにくしゃみが出た。

2月10日
今晩の夕飯のとき、僕はびっくりした。腹の中が振動しているのだ。
家族みんなで食事をしていて、理由もなく何も食べずに、席を離れるのは悪いと思ったので、無理やり茶碗半分ほどかきこんだ。
席を離れ、椅子に身体をまっすぐにして坐った。
脚は組まずに普通の人がまっすぐに坐るようにした。
腹の中の振動は依然として止まらない。

2月19日
この何日か、振動の発生する時間が一定しなくなった。
時には、駅のホームで汽車を待っているときでも振動が発生する。
坐って小説を読んでいるときに、腹の中で振動しているのを感じることもある。
時間的な長さも不定で、静坐しているときでなくとも振動がある。

2月25日
この2日ばかり、調子があまりよくない。
静坐している時でも、それ以外の時でも、イチモツが常に立とうとするので大慌てだ。
採微陽法で、ようやく抑え込む。
頭のてっぺんは、帽子をかぶっているみたいに、何やら軽い圧力がかかっている。
脳のなかはアリが這いまわっているようだ。
状態は、腹の中の振動に似ている。

3月5日
この何日か、状態は以前と変わらないが、今日突然、大腿のところに、真っ赤な色をした塊が出た。
かゆくてたまらない。
イチモツはことのほか怒り狂った状態だ。

3月7日
赤い色の塊と、かゆみはよくなった。
授業中、心臓が何度か、何かによって引っ張られるようだった。
ドキッドキッとするたびに、嫌な感じがした。

3月11日
静坐しているとき、両手の指に振動を感じた。
絶えず、熱の気体が、下丹田から上の方へ上がってくるのが感じられた。
非常に快適だ。
昨日は、橋中(学校名)と試合をしたのだが、静坐をしたあとは、疲労の回復が早い。
今日はもう、疲労が残っていない。
今日、他の選手、しきりにキツイと訴えていた。
僕はひとり、心の中でニヤニヤした。

3月14日
昨日静坐をしていたら、顔の上で何かが跳ねているのが感じられた。
とくに、鼻の中、それに胸の上でもだ。
まるで、任脈のあちこちで振動しているようだ。
しかし、夜には漏れてしまった。
14日の晩も漏れた。

ーーーーーー今回の引用ここまでーーーーーーーーーーーーー


posted by ポンタ at 21:10 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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